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天才ぴかりん・作

船の上のかみだのみ


昔々、ある大陸に、とても平和な村がありました。
気候はおだやかで作物もよく育ち、人々は幸せにくらしていました。
しかしある時、知らない民族が海を渡ってきて、人々のくらしは一転してしまいました。
その民族は、平和にくらしていた人々を村から、大陸からさえ追放しました。
人々はなるべく丈夫な舟に乗り込み、近くの島に移住しました。
しなければなりませんでした。
人々はどんどん追い立てられ、十分な食糧を積む間もありませんでした。
待ってくれと頼む人々の声は無視され、見たこともないような道具で刺されたり撃たれたりしました。
人々はそんな仕打ちにどう対応すればいいのかわからず、ろくな抵抗もできずに、海にほっぽりだされたのでした。

幾そうかの舟のうち、長老の乗っている一番大きな舟に、ラミティという少年がいました。
彼は事の重大さをわかっている、唯一の子どもでした。
けっして広いとはいえない舟の上で人々を元気づけながら、ラミティは長老のもとへ行きました。
長老は舟の先端で、小さな神の像に祈りをささげているところでした。
海に出てから、長老はずっとそうし続けていました。
「長老、もう半日も祈りっぱなしじゃないか。少し休んだほうがいいよ」
「おお、ラミティか」
長老は祈りの儀のときに使う仮面をとって、振り返りました。
長い白い髪や服に、石や鉱物でできたかざりがじゃらじゃらついています。
これもまた、祈りの儀式には欠かせないものです。
「こんな重いもの、いつまでもつけてたら疲れちゃうだろ」
「ああ、だがわしには、これくらいしかできぬのだ」
ラミティはさっと長老についているかざりをはずしました。
「いいんだよ、そんな無理しなくても。ほら、これ飲んで」
目の悪い長老のために、ラミティは水を口元に差し出しました。
長老はゆっくり水を飲み、ラミティにお礼を述べました。
遠慮する長老に半ばむりやり食事をさせると、長老はまたお礼をいいました。
「それで、ラミティ。わしに話があるのだろう?」
長老の問いかけに、ラミティはうなずきました。
「気づいてるよな。この時期、あの島は沈んじゃってる。このまま島を目指しても、ただ海が続いてるだけだ」
「うむ」
「島が浮上してくるのはまだ先だし、それを待ってたら食糧がつきる。引き返して、あいつらともう一度話し合ったほうがいいよ」
長老は、ラミティの目をまっすぐに見つめました。
長老には、ラミティの視線は光のようにまぶしく思われました。
「しかしな、戻ったところでどうなるものでもないんだよ。わしらは話し合いの結果こうなった。今さらなにをいおうと無駄なのだよ」
「どうしてだよ。あいつらにオレたちを島流しにしたり飢え死にさせたりする権利があるのか。話し合いだってその後だって、ひどいものだったじゃないか。あいつらがオレたちに勝ってるのなんか、あの変な武器だけじゃないか。なのに」
「ラミティ」
長老がラミティの頭に、ぽんと手を置きました。
「彼らをうらんではいけないよ。いつでも穏やかな心を忘れない。そうすれば、セレーヌ様が必ず守護してくださる。そのために、わしは祈りをささげている」
ラミティは、長老のむこうの神様の像を、涙でかすむ目で見ました。
優しい微笑みのセレーヌ様の顔が、困ってゆがんだように感じました。
「でも、あいつらがこなければ、父さんも母さんも、パモアだって、みんな怪我することなかったのに」
「わしだって、目がほとんど見えなくなってしまったさ」
ラミティの頭をなでて、長老は微笑みました。
「だが、だからといって彼らをうらみはしないし、しかえしなどもってのほかだ。ラミティ、両親や友が傷を負わされてくやしいのはわかる。しかし今はみなが生きていることに感謝をするのだよ。それでもどうしようもなくなったら、いつでもここにきて泣くといい」
うなずいて、わあっと声をあげて泣いたラミティを、長老はそっと抱きしめました。
でもそれは一瞬のことで、ラミティはすぐに涙をふいて、もう平気、と笑いました。

ラミティは長老と一緒に、一所懸命祈りました。願いました。
長老の休んでいるときや眠っている時間にも、こっそり祈りました。
魚つりを手伝ったり、自分より小さい子どもの世話をしたりしながら、暇を見つけては祈りました。
夜には、流れ星や月にも願いました。
どうかみんなに、健康で平和で幸せなくらしを。
もとの地に戻れなくてもいいから、せめてどこかの島や陸へ導いてください。
みんなが、セレーヌ様のような笑顔を取り戻せるように。

10日ほどがたち、食糧はほとんど底をつき、魚もつれなくなってしまいました。
けが人の傷は、治るものもあればどんどん悪化するものもあり、人々の不安をあおりました。
ラミティは具合がよくなった友人のもとへお見舞いに行きました。
「パモア、調子はどう?」
舟の上を仕切っているカーテンをくぐって、ラミティは友人に笑いかけました。
「よう、久しぶりだな。もう完治だよ、完治。お前は……少しやせたみたいだけど」
「ちょっとね。長老とお祈りしてたから、長老の細さがうつっちゃったかな」
パモアは眉をひそめて、顔をラミティに近づけました。
「お祈りって、ずっとか。ラミティ、お前は平気で無理するところがあるから、気をつけたほうがいい。ほら、水やるよ」
パモアが水をさし出しましたが、ラミティは首をふりました。
「いいよ。それ、パモアのでしょ」
「オレは寝てるだけだから、水なんてたいして必要じゃないんだ。いいから飲め」
水筒をおしつけられ、ラミティはしぶしぶ一口飲みました。
「それに、祈るっていったって、あの女神だろ。女なんかにこんな危機が救えるのかよ」
「うわ、それ聞いたらお母さん怒るよ」
くすり、とラミティが笑いました。
「そういえば、お前、お母さんの具合はどうなんだ」
ラミティは、笑った顔のまま、首を横にふりました。
「そっか。まあ、きっとそのうちよくなるさ」
「うん」
「ああ、それと、そうやって無理に笑うのやめろ。泣きたいときはオレがやさしーくなぐさめてやるから」
それを聞いて、ラミティはぷっとふき出してしまいました。
「そういうことばっかり年上面して。けが人のくせに」
「オレはお前より、5つは年上だぞ」
「わかってるよ。ありがとう、パモア」
ラミティは、パモアのやさしさに、心から感謝しました。
長老にも、同じように感謝をしました。
他の人々もみんな、ラミティによくしてくれます。
ラミティはまた心の中で祈りました。
そのとき、舟をこぐ係をしていたたくましいおじさんが、ラミティを呼びにきました。
驚いた顔をして、冷や汗をたくさんかいています。
「ラミティ、きてくれ。セレーヌ様がおいでになった」
ラミティもパモアも、驚きました。
ラミティは、ついていくといってきかないパモアに手をかし、舟の先端へ急ぎました。
舟の先端の神の像の前には、すでに幾人もの村人の姿がありました。
ラミティが姿を現すと、人々はすっと道を開けてくれました。
像のある場所は、大量の光に包まれていて、あまりのまぶしさにラミティは目を細めました。
人々は輝く瞳で光を見つめています。
ラミティが人がきの一番前に着いたとき、像の前には長老が立っていました。
そして向かい合って、長い髪の女性がひとり、とても美しくたたずんでいました。
「おお、ラミティ。セレーヌ様はお前と話がしたいそうだ」
ぼうっと女性の姿に見とれていたラミティは、長老の声にはっとしました。
パモアが横で、すごい美人だな、と耳うちしてきました。
ラミティはパモアを隣にいた人に託すと、女性の前まで進み出ました。
女性はラミティをまじまじと眺めてから、口を開きました。
「遅くなってすまなかった。私はセレーヌ。しかし、神ではない」
人々のざわめきを、長老が制しました。
ラミティは、どういうことなのか尋ねました。
船の上は、しんと静まり返って、セレーヌの次の言葉を待っています。
「神などいない」
風の音だけが辺りを支配したようでした。
時が止まったように、全員が動かなくなりました。
ラミティも目を丸くして、セレーヌをただ見つめました。
人々の表情に、驚愕や落胆がくっきりと表れていました。
セレーヌは目をふせ、つぶやくようにいいました。
「自分を救えるのは、いつだって自分自身だ」
パチン、と指を鳴らしました。
瞬間、ラミティの服がふわふわのドレスに変わりました。
ぺらぺらの布きれのようだった服から、ぶわわっとたくさんの布がとび出してきたのです。
レースが何枚も重ねてある高貴なもので、ふわりと軽い着心地。
見たこともないような美しい生地に、舟の女性たちはみんなうっとりため息をつきました。
ラミティは、どうしたらいいかわからず、ひたすら困惑していました。
「ええと、あの……」
「わかっている。悪いが、女ものしか用意してないんだ。それでがまんしてくれ」
「いや、でも」
ラミティは動きづらい大きなスカートの裾をつまみました。
その様子を見ていたセレーヌはいい放ちました。
「それを着ている間だけ、なんでも望みが叶う」
はっと顔を上げると、にやっと笑うセレーヌと目が合いました。
「なんでも、だ」
それだけいうと、セレーヌは海に身を投げました。
背中から倒れこむように静かに海に落ちました。
ラミティが海をのぞきこんだときにはもう、セレーヌの姿は波と泡にかき消されていました。
舟には、ラミティたちとドレスだけが残されました。
村人たちはラミティに注目しました。
ラミティは長老に目を向けました。
長老はゆっくりとうなずきました。
ラミティは、慎重に、けれど急いで考えました。
そして、手を組み、そっと目を閉じました。

ある大陸に、とても平和な村がありました。
最近ちょっぴり凶作気味で、でも平和な村でした。
「お父さーん、畑ひからびてるよ。お祈りしようよー」
やたら元気のいい少年がさけびました。
「わかってるよ。今、村の人たちにそのこと話してきたところだし。だけど神様、わりと気分屋だからなあ」
お父さんと呼ばれた若者が、いいました。
「そうだ、お前、あのドレス着てみないか?」
「やだよ。僕、男だし。ドレス着るなんて変な人だよ」
「うーん、まあ、そうだよね」
若者は、頭をぽりぽりかきました。
そして、家の壁にかかっているドレスを見ました。
初めて見たときと変わらず、真っ白いままでした。
「神頼みなんて久しぶりだなあ」
ぼそりとつぶやかれたその声は、誰もいない部屋に小さく響きました。
「お父さん、早くしてよ! もうみんな待ってるよ!」
「はいはい、わかったってば」
少年に手を引っぱられて、若者は走り出しました。
向かった先では、村人たちがたくさん、笑顔で待っていました。
「またきてくれるかな」
若者はじゃらじゃらしたかざりをつけながら、つぶやきました。

はるか上空から、髪の長い女性が、その様子を見ていました。
「助けに行かなくていいの?」
隣にいた女性が尋ねました。
「いつまでも人に頼ってるようじゃ、行く気も起きないな」
髪の長い女性は、冷たくいいました。
しかし、顔は笑っていました。
「10日祈り続けたら、行くよ」
「そんなに?」
「ええ」
髪の長い女性は、にやっと笑いました。
「今度は大人用のドレスを用意して行くかな」
必死に祈る若者がくしゃみをするのを見て、笑みがさらに深くなりました。
よく晴れた、青い空の日でした。

< 了 >

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