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天才ぴかりん・作

さわさわな昼


 今年のソメイヨシノの開花は二十日。たまたまついていたテレビのニュースで伝えられていた。聞いたときには、こりゃすごい、と思わずにはいられなかった。まさか卒業式に合わせて咲いてくれるなんて。

 さわやかな風の下、密葉はしゃがみこんでいた。胸に造花をさし、きっちり制服を着こみ、全体的に整った印象になっている。彼の前には花壇がある。あふれるほどに花が咲きほこり、さわさわと風にゆれている。きれい。美しい。けれど、ごちゃごちゃしすぎている。とにかく植えられるだけの草花をつめこんだ花壇らしい。
 密葉は笑顔で話をしていた。まわりに人の姿はない。ひとりで花壇に向かって、頷いたり笑ったりしている。はたから見ると、よほど変な人である。
 案の定、変な声のかけられかたをした。
「おーい、変人、花屋の息子」
 可愛い、女の子の声だった。
 密葉が振り向くと、一階の端の部屋から、セーラー服の少女が身をのり出していた。肩にかけたポシェットから、大きなモルモットがぴょんととび出した。少女もモルモットを追って、窓をひょいとのり越えた。スカートがひらひら舞い、上手に着地。
 その間にモルモットは素速い動きで花壇のすぐ近くまでせまっていた。密葉は大慌てで立ちあがる。モルモットの前で手を広げ、叫ぶ。
「わああっ。やめろ、花壇に手を出すなあっ!」
 焦る密葉がおかしくて、少女はくすくす笑った。足どりはゆっくりで、あくびなんかしながら歩いていく。
「おい、なにのんびりしてんだ。哀歌、お前、なんとかしろ」
「大丈夫だってば。スカルラッティはいい子だから、花壇を荒らしたりしません」
「い、以前かじろうとしたろ、葉っぱを」
「あれはみっつんに脅しかけるためだもん。わざとだもん。今は平気」
 哀歌が名前を呼ぶと、モルモットのスカルラッティはあっという間に花壇から離れた。
 密葉はほっと胸をなでおろす。花壇全体を見回して、大丈夫かと尋ね、どこにも異常がないのを確認して頷いた。
「よし、みんな無事だな」
 哀歌はスカルラッティを抱きあげ、密葉の隣に立った。密葉と向かい合うと、かしこまってお辞儀をした。
「密葉先輩、ご卒業おめでとうございます」
 さわさわと風がふいて、ふたりの髪をなでていった。
 密葉は突然すぎて「先輩を脅すな」とか「勝手にあだ名で呼ぶな」とか抗議しようと思っていたことをすっかり忘れてしまった。ぽかんとただ哀歌の顔を眺めた。
 そのまぬけな顔を見て、顔をあげた哀歌がにやりと笑ってデコピンをうった。おでこにクリティカルヒット、密葉は小さく変な声を出してのけぞった。哀歌はまたくすくす笑う。
 密葉には、大丈夫かと尋ねる声と笑い声が聞こえていた。哀歌ではないし、スカルラッティでもない。花壇の草花たちの声。
「大丈夫だけど、ちょっと痛かった」
 小さく密葉がうめいた。
 哀歌は花壇のほうを向き、
「花と会話する変なやつともお別れですね」
 誰にともなくつぶやいた。
 花や草が、風にゆれて音をならす。
「『さみしい』『君も十分変だよ』『来年度もよろしく』『哀歌っちって呼んでいい?』」
「却下」
 密葉の通訳を聞きながら、哀歌は楽しそうに笑った。スカルラッティは少々不満そうに鼻をふんっとならした。

 鐘がなった。密葉のお腹もなった。通訳を一時中断して、密葉はお腹をおさえた。
「腹へったー。遅いな、片桐じいさん」
 時計の針は、一時を過ぎたことを示している。
「お昼は片桐じいさんと一緒か。仲いいねえ。さすが顧問とただひとりの部員」
「それは嫌味か。あ、きた」
 校門の外から、ひとりの老人が歩いてくる。足元はサンダル。だぼんとしたズボンにはんてん。頭にはつばがくねくねした帽子をかぶっている。手にさげた袋から、ネギがはみ出している。密葉が手を振ると、老人はにやっと笑った。
「それじゃあ、私は帰るよ」
 哀歌はポシェットにスカルラッティを入れながらいった。
「一緒に食べていけば」
「いいの?」
「え、いいけど」
 首をかしげる密葉の前で、哀歌は素直に喜んだ。
 片桐じいさんと密葉と哀歌は、花壇の隅、少し広い場所へテーブルを用意した。片桐じいさんが独断で決めたメニューは焼肉。持ち運べるガスコンロをはじめ、たりない道具はすべて、調理室から無断で借りた。小さめの鉄板は片桐じいさんが持参してこっそり職員室に置いておいたのを使用。遅れた理由を尋ねたところ、近くの商店街で肉野菜を極限まで値切っていたせいだと判明した。
 肉が焼けるのを眺めながら、片桐じいさんは声をひそめて語った。
「お前ら、この焼肉パーティは内緒だぞ。誰にも許可とってないからな」
「片桐じいさんはいつもそんなだな」
「しっかりその弱味にぎらせてもらいます」
「あのなあ……」
 片桐じいさんはため息をついた。肉をひっくり返して、その拍子になにか思い出したように「あっ」と叫んだ。さい箸を哀歌にわたし、職員室にひっこんだ。
 いい具合に焼けた肉をほおばっていると、片桐じいさんが戻ってくるのが見えた。その手には大輪の花束がかかえられている。
「え……」
 とったばかりの肉ひときれを、密葉は落とした。続いて箸も手から離れる。
 哀歌が、箸は見捨てたが肉はすかさず空中キャッチ、自分で食べた。
 片桐じいさんが密葉の前に立ち、帽子を胸の前にあて、かしこまってお辞儀をした。
「ご卒業、おめでとうございます」
 花束がさし出される。密葉は口を「え」の状態で開けっぱなしのままにしながらも受けとった。花束はけっこうな重さだった。花束と片桐じいさんの顔を何度も見比べて、ほんのり顔を赤くした。
「なんで、このタイミングなんだよ」
「いや、忘れてた」
「俺、花屋だし」
「まあ、花もらって嫌がるやつはいないだろう」
「そう、だな。うん。……ありがとう」
 会話が途切れ、肉と野菜が焼ける音だけがじゅーじゅー響く。さっきより赤くなっている密葉に、花壇からひやかしの声がとんでくる。
「なに照れてんのよ」
 新しく肉を並べながら、哀歌が問う。
「えっと、俺、うちが花屋だから、人に花もらったの、はじめてなんだ」
「まじですか」
 玉ねぎをかじりながら、哀歌が驚いた。

「さて、卒業するにあたって、なにかいい残したいことはあるか」
 ほとんどの肉を哀歌が食べた焼肉パーティも終わり、片桐じいさんが鉄板を洗いながら密葉に尋ねた。
「うん。草花同好会の存続のことなんだけど」
「そうだな、来年度ずっと部員がいなかったら、廃部だな」
 いや、同好会だから廃会か? と笑う片桐じいさんをよそに、密葉は落胆していた。やっぱり、と顔に書いてある。
 お皿をふきながらその様子を見ていた哀歌が、慰める。
「ま、わたしが勧誘しておいてあげるよ」
「哀歌のとこだって、ひとりじゃ厳しいだろ。自分のほう勧誘しろよ」
「わたしの設立した動物愛護同好会は、あと二年は安泰ですから」
「そんなのすぐだぞ」
「わしも少しくらいは勧誘してやるから、安心しろ」
「片桐じいさんは顧問なんだから、もっと力入れて宣伝してくれよ」
 それと、と密葉は付け加える。
「あいつらに水やるの忘れないでくれよな」
 びしっと指を立てた密葉の言葉に、片桐じいさんは鉄板を持ち上げながら「へいへい」と軽く返した。
「まじめに聞け!」
 調理室に響く密葉の声を聞きながら、哀歌はささやいた。
「家近いんだから、自分で水やりにくればいいのにね」
 肩にのったスカルラッティが、ちゅ、と短くないた。

 大きな花束をかかえ、密葉はひとりで校門をくぐった。桜がちょうどいい感じに咲いていた。
 花束の花は、密葉が今まで丹誠こめて世話した花壇の花たちだった。姫踊り子草も雪柳も木瓜も、他の花や草も、みんながちょっとずつ、ひとつの包みにまとめられている。
 振り向いて花壇を見つめる。風にゆれて、花がさらさらなっていた。
 密葉は花壇に向かい、学校に向かい、
「三年間、ありがとう!」
 叫んだ。

< 了 >

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