文学少女の杞憂 |
八重は文章を、特に物語を作るのが好きだった。もちろん今も。
< 了 >
主人公は元気な少年。前向きで明るく、誰とでも仲良くなれるような、彼女の理想。
少し不器用なところもあるけれど、それは愛嬌。
八重はその日もノートに物語の続きを書いていた。
数ヶ月前から書き始めたこの話は、まだ完結しそうにない。
開かれているノートは、とてもぶ厚いものだった。
ペンを素早く走らせていると、急にノートがぱあっと光った。
ペン先がバキッと音を立てて折れ、勢いよく頬をかすめてとんでいった。
あまりのまぶしさに、目をつむる。
次に目を開けたとき、八重は想像もしていなかったものを目にした。
霧のような雲のような、ふわふわしたつかめない煙の中にそいつはいた。
八重と目が合うと、しかめっつらで口を開いた。
「お前、機嫌がよくないからって、文章にあたるなよ」
それが、八重とゼシャとの、はじめましてだった。
薄暗い公園から、すすり泣きが聞こえてくる。
学校からの帰宅途中だった八重は、その声に聞き覚えがあった。
公園をのぞくと、砂場にひとりの少女がうずくまっている。
砂でこけしのようなものをつくっていたらしい。
できあがりらしい砂のこけしをたたいて、強度を確認する。
次の瞬間、八重からは死角になっていたところから、シャベルを持った手がすごい速さでのびた。
一瞬だった。
砂のこけしの頭部が、シャベルに切られてぐしゃっと崩れた。
八重は背筋が凍るような気持ちがして、柵をとびこえて走った。
「何してるの、梨胡ちゃんっ」
少女の手からシャベルをひったくって、叫んだ。
梨胡と呼ばれた少女はうつろな目で八重を見た。
その瞳からは、未だに涙があふれている。 八重はハンカチをさしだした。
梨胡はしばらく八重の顔とハンカチとを交互に見て、それからゆっくり立ち上がった。
ぽたっと雨粒が落ちてきたのに、ふたりとも気づかない。
梨胡は自分の服の袖で顔をぬぐうと、八重をにらみつけるようにして、叫ぶようにいった。
「八重にはわからないよね。頭がよければこんなことにはならなかったんだから!」
ハンカチをさしだしたままの姿勢で、八重は大きく目を見開いた。
梨胡が何をいいたいのか、理解できなかった。
落ちてくる雨粒の数は次第に増えていく。
八重が口を開くより先に、梨胡は公園の外に向かって駆け出していた。
砂場にぽつんと残された八重は、走り去る梨胡の背中をぼうっと見つめ、水びたしになったハンカチをぎゅっとにぎりしめた。
家に帰っても、八重はぼうっとしていた。
手に持ったままだったハンカチと、とりあえず拾ってきたシャベルを床に投げる。
タオルで頭をふきながら、机の上に置きっぱなしにしていたぶ厚いノートを開いた。
そこにはたくさんの文章が並んでいて、よく見るとひとつの話ができている。
嫌なことがあったり気が滅入ったりしているとき、八重はいつもこのノートに向かう。
何かを書いていれば、余計なことは全て忘れられるから。
八重はタオルを首にかけると、ペンをとった。
文字が途切れているところから、続きを書こうとする。
紙にペン先があたるより先にノートから白い光と煙がふきだした。
八重は思わず顔を引いた。
煙の中から「書くな!」という怒鳴り声が聞こえ、煙はさあっと空気に溶けて、小さい少年が現れた。
彼は、少し前からいちゃもんをつけるために出てくるようになった、自称八重の物語の主人公。
八重もはじめは半信半疑だったのだけれど、言動や姿かたちが彼女の設定と一致しているため、なんとなく信用するようになっていた。
ただ、八重の設定では14歳の人間のはずが、こうして具現化すると、八重の身長の4分の1という微妙なサイズになる。
八重は机の上に浮かぶそいつを見上げた。
少年はぶすっとした顔で、怒りのオーラをひしひしと伝えてきている。
「相変わらず無愛想ね、ゼシャ」
八重がふっと笑うと、ゼシャと呼ばれた少年はむっとまゆを寄せた。
「無愛想なのはお前だろ! いい加減お前にはついていけないんだよ。今も絶対、おれが不幸におちいる内容にして憂さ晴らししようとしてただろ」
「しょうがないでしょう、それが私のストレス解消法なんだから。それに、私は作者よ。物語の進行をどう変えようが、私の勝手じゃない」
ふん、とそっぽを向いた八重にゼシャがいい返そうとしたとき、階下から八重を呼ぶ声がした。
八重が階段を下りてリビングまで行くと、母が電話を片手に待っていた。
「梨胡ちゃんのお母さんからなんだけど、梨胡ちゃんがまだ帰ってないんですって」
時計を見ると、6時を少し過ぎている。
八重は母の手から電話をひったくった。
名乗ってからいくつか質問をしてみるが、電話の向こうはやけにおろおろしていて、まともな情報が得られなかった。
落ち着きのない梨胡の母に、八重はどんどんいらだってきた。
「梨胡の行きそうな場所なんて思い浮かばないもの。だから八重ちゃんに連絡したのよ。ねえ、あなたなら梨胡のことよくわかってるでしょう。あなた達、親友なんだし」
八重の電話を持つ手に、力がこもった。
「私に訊くより先に、自分で努力したらどうなの? 行きそうな場所なんてわからなくて当然よ。あなたが話を聞いてあげてないんだから。だったら町中を走り回るとか、必死になってみたら。あなたがそんなだから家出されるのよ!」
ガチャーン、とすごい音がするほど力いっぱい受話器を投げつける。
「壊す気か」と母がつぶやいたが、八重は聞こえなかったふりをした。
そして一瞬考えこんでから、振り向いていった。
「やっぱり、いいすぎたかも。ごめんね」
そっと受話器をなでる。
「私、行ってくるよ」
じゃ、と手を挙げてリビングを去ろうとする八重を、母はひきとめた。
「待って。私の携帯持って行きなさい。まだ雨が降ってるから、かっぱも。雨靴は出しておくから」
「ありがとう。これは?」
持たされた荷物の中に、透明のビニール袋があった。
「ノート用かっぱ。ゼシャを連れて行くのに、濡れないようにと思って」
母にゼシャの姿は見えてないはずなのに、八重の話を信じているのか妙に理解がある。
八重は再度お礼をいうと、一度部屋に戻り、ノートを持って玄関に向かった。
玄関には母が立っていて「いってらっしゃい」と笑っていた。
八重も笑ってうなづいた。
雨靴に足をつっこむと、勢いよく雨の中にとびだした。
「いってきまーす」
視界がほんのり白い雨の中を、水たまりを踏みつけながら走る。
道には人影はない。
聞こえるのも、激しい雨音と自分の足音だけ。
道の表面を雨水がすべるように流れていく。
八重は水に足をとられても、上手くバランスをとっていて転ばない。
勢いをつけたまま、幾度か道を曲がり、ある建物を全速力で目指していた。
そこまでは、坂を下ればもうすぐだった。
門の隙間から、そっと入りこむ。
電気のついている部屋がある。
おそらく職員室で、仕事をしている先生がまだ残っているのだろう。
そこは、八重たちの通う学校だった。
校庭の隅には、遊具がある場所と森のように植物が生い茂る低い丘がある。
八重は生徒たちに「森」と呼ばれている茂みの方に歩き出した。
雨はさっきよりは勢いがなくなり、遠くもよく見えるようになっていた。
「森」に入ると、木が屋根の役割をしてくれて、雨はほとんど降ってこなくなった。
ふっくらした丘を越えると、キンモクセイが一面に生えた場所に出る。
その中の一本を、根本からぱきっと折る。
そんなに細いわけでもないのに、幹は簡単に折れた。
「ゼシャ、聞いてる?」
八重は少し大きめの声を出し、応答を待たずに続けた。
「ここは、うちの生徒の一部だけに知られてる、秘密の地下室。私と梨胡ちゃんはよく利用してるんだけど……あの子、ここがかなり気に入ってるみたいなんだよね」
話しながら、根を引き抜くようにしてキンモクセイの幹を持ち上げる。
土が盛り上がって、マンホールのように地面が開いた。
中には暗い空間が広がって、はしごが奥まで垂れている。
八重はかっぱを脱いで手に抱え、はしごをを下りていった。
下に着くと、はしごを下りている間に暗闇に慣れた目で、周りを見回す。
黒いドアがひとつ、壁についている。
その横にかかっている鈴を鳴らす。
ちりりーん。
音が響いて、また静寂が戻ってくる。
そして、どこからともなくしわがれた声が聞こえてきた。
「どなたかな」
「八重です。ここに梨胡ちゃんがきているでしょう」
「ああ、おはいり」
黒いドアが、重そうな音を立てて開いた。
ドアの向こうは電気がついていて、ほんのり明るかった。
八重は中に入るとドアを閉めた。
床が一段高くなっているので、八重は雨靴を脱いで横にある靴箱に入れた。
よく見ると、もう一足、八重には見覚えのある可愛い靴が入っていた。
廊下の突き当たりに、長いのれんがかかっている。
そののれんをくぐって、八重は広い部屋に入った。
床には柔らかいマットが敷かれていて、クッションがいたるところに散らばっていて、一か所に小さな少女が寝転がっていた。
クッションをいくつか重ねて枕代わりにして、ふくれっつらで目を閉じていた。
声をかけようと近づいたら、後ろから声をかけられた。
「眠っているんだよ。そっとしておいてあげよう」
隣の部屋に通じるドアから、ゆるりとしたローブを着たおじいさんが出てきた。
「こんにちは、杜野じいさん」
八重はゆっくり後ろを振り返りながら挨拶した。
鞄をおろして、中からビニールに包まれたノートを出した。
もう雨に濡れる心配はないので、ビニールをとって開いた。
ゼシャを呼ぶ。
いつもは不機嫌なときばかり出てくるけれど、今は違っていた。
周りに興味津々の顔で、出てきてすぐに部屋中をぐるぐるとび回った。
杜野じいさんは驚いた様子でゼシャを見る。
「これはいったい……」
「杜野じいさん、ゼシャのことが見えるの?」
八重も驚いていた。
今まで、自分以外でゼシャが見えた人なんていなかった。
前から不思議な人だとは思っていたけど、まさか杜じいさんに見せることができるなんて。
杜じいさんの目は、明らかにゼシャの動きを追っていた。
「彼はゼシャ。私が書いている物語の主人公なの」
八重はゼシャを近くにこさせて、杜野じいさんに紹介した。
「この人は杜野じいさん。ここの管理人」
「よろしくな」
ゼシャは手を出して、はっとした。
彼は煙でできているようなものだから、握手をしようとしても通り抜けてしまう。
そのことを忘れていた。
しかし杜野じいさんはそんなことは気にもとめず、手を出してくれた。
触れることはできなかったけれど、ふたりはなんとなくうちとけたようだった。
梨胡が寝返りをうった。
それとほぼ同時に、ちりりーん、と鈴の音が響き、来訪者を知らせた。
「おやおや、今日はお客さんが多いね」
今度はどなたかな、といいながら、杜野じいさんは隣の部屋に引っ込んだ。
雨の日にわざわざくるなんて、変わった人もいるものだ。
八重はそう思って誰なのかを想像した。
ここにくるメンバーは、みんな顔見知りで人数も少ないから、やろうと思えば足音だけでも誰がきたのか判断できる。
特に梨胡はそれが得意だった。
明るくて可愛らしくて、身だしなみにも気をつかう、八重とは違ったタイプの子。
長い髪をポニーテールにして、赤いリボンで結んでいて、彼女の周りではみんなが笑顔になる。
「そんないい子なんだよね、梨胡ちゃんって」
いつの間にやら、梨胡について声に出して語っていた。
「みんなと仲が良いんだから、私が親友だなんて決まってないし」
「おい、なんか陰気なほうに考えが進んでるぞ。もう少し楽観的になれよ」
「無理。ゼシャみたいな元気っ子にはなれない」
「あのな」
ゼシャははあっとため息をついて、八重をまっすぐ見た。
「いいか。おれはお前の一部なんだよ。いわばお前の分身だ。おれだけに限らず、お前の書いてる話の登場人物は全てお前の分身だ。だから、おれにできてお前にできないことはないし、他のやつらにできてお前にできないこともない。やればできるんだよ」
「私はけんかに強かったり、ドラゴンと会ったり、瞬間移動したりしないけど」
「そういうのは違うと察してくれ。今は性格の話だろ」
くすり、と八重が笑った。
それを見て、ゼシャも微笑んだ。
ゼシャはいつも、前向きな考え方をしたいときはまず笑うのだった。
そして、その性格をつくったのは、紛れもない八重自身だった。
廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。
八重は驚いてのれんのかかった入り口を見た。
足音は複数で、しかも子どものものではなかった。
「梨胡ちゃん、起きて!」
直感的に危険を感じ、八重は梨胡に駆け寄った。
激しく揺するとすぐに目は開けたけれど、頭の中はまだ寝ぼけているようだった。
肩をつかんで名前を叫ぶと、びっくりしたようにとびはねて、はっきりと覚醒した。
「八重、どうしてここに――」
「話は後で、今は」
後ろを振り向くと、足音の主がのれんをばっと取り去って部屋へ入ってきていた。
夜なら闇に紛れてしまいそうな、黒い服を着ている。
こういう人たちにお約束のサングラスは、なぜかひとりもつけていない。
しめた、と八重は思った。
隣の部屋から、杜野じいさんが出てきた。
「あのドアを無理やり開けたか。酷いことをするね」
黒い人たちは、一斉に杜野じいさんに注目した。
「じいさん、悪いけど、こっちの階段を借りるよ」
梨胡の寝ていた場所の近くにはもうひとつ通路があり、そこからも外へ出られるようになっている。
まだよく事情がわかっていない梨胡の手をとって、八重は鞄をしょった。
ゼシャが出たままのノートを持ち、まっすぐ腕を伸ばして、黒い人たちに向かって構えた。
「ねえ、あなたたち」
黒い人たちが、また一斉に、今度は八重の方を見る。
「ゼシャ、お願いっ」
八重がいうと、ゼシャはノートに入り、そのノートから、白い光が放たれた。
ゼシャが現れるときに出る光の、強化版だった。
黒い人たちは当然、まぶしさによろめく。
その隙に八重はノートを閉じて、梨胡の手を引いて走り出していた。
ノートは重いので、さっと鞄に投げ込む。
階段をどんどん上がっていくと、明るい照明の廊下に出る。
床はもうただの板張りになっていて、見るからに普通の民家という感じだ。
きょろきょろと周りを見回す梨胡に気づき、八重は簡単に説明を加える。
学校の敷地の端に位置するキンモクセイの下の入り口から行く地下室は、実は黒いドアのところまでで、そこから先は隣の家の地下室とつながっているのである。
そして、隣の家には杜野じいさんと、同居人が数人で暮らしているらしい。
地下室は杜野じいさんにとっても秘密の場所だったから、家の方から出入りされると同居人に不審がられて嫌だという理由で、この階段はあまり使わせてくれなかったと。
「まあ、こんなとこ。梨胡ちゃんは地下室がお気に入りだったみたいだけど、私はどっちかっていうと杜野じいさんの方にいれこんでたから」
廊下も走り、そのまま玄関に出て、困った。
靴を地下室の靴箱に置きっぱなしだった。
黒い人たちが追いかけてくるだろうから、悠長に悩んではいられない。
八重はその辺にあった靴を適当に拝借することにした。
この家に住んでいるのは老人ばかりなので、靴のサイズもあまり大きくない。
ためらう梨胡を急かし、数分ぶりに外に出た。
もう雨は止んでいたけれど、空は真っ暗だった。
ここからなら、梨胡の家は近い。
八重は梨胡の家を目的地にして歩き出した。
「あのさ、八重」
立ち止まったまま、梨胡が呼んだ。
八重も立ち止まり、梨胡の言葉の続きを待った。
「今日はごめんなさい」
いきなり頭を下げられて、八重は戸惑った。
「私、今日返ってきたテストをお母さんに見せたの。そしたらお母さんてば、あらそうこの程度なのって、一言」
身振り手振りまでつけて、梨胡は母の真似をしながらいった。
「しかも悪気は一切ないの。お母さん、根っからのお嬢さまなんですもの。私が今回、普段より高い得点だったことに気づいてくれなかったの。別にどうでもいいことなんだけど、でも、そのときはつい頭にきて」
語尾にいくにしたがって、声が小さくなる。
えへへ、と照れ笑いをしながら、歩き出した。
「お母さんのばかーっていって、顔をばしーって平手でやっちゃったの」
「そのくらい、大丈夫でしょ。梨胡のお母さんって優しいし、謝れば仲直りできるよ」
「それだけじゃないの。今まであまりお母さんのこと観察してなかったからわからなかったんだけど、殴ったら髪の毛がぼとって落ちたの」
「え……」
「お母さん、顔面蒼白になっちゃって、私も悲鳴をあげて、逃げちゃって」
八重は、なんといってフォローすればいいのか、よくわからない。
「じゃあ、砂場で人型の頭を刺してたのは」
「お母さんがかつらのこと教えてくれなかったことに腹が立って、頭というよりかつらをね。あの時は頭が混乱してて、八重にも酷いこと言っちゃって」
八重はもう、そんなことは気にしていなかった。
梨胡は、雲がどこかへ流されて、星が見えるようになった空を仰いだ。
「でも、もういいんだ。お母さんってお嬢さまなだけあって美人だから、髪の毛がなくても綺麗だし」
「そっか、よかったね。梨胡ちゃんのお母さんには、実は私も悪いことしちゃったし」
「そうなの?」
振り返った梨胡にうなずこうとして、八重は道の向こうに人を見つけた。
「そうだ、八重。地下室にきた黒い人たち、うちの使用人なの。怖がらせてごめんね。けど結局、お母さんは自分では捜しにきてはくれなかったし、やっぱり自分のことしかか考えてないのかしらね」
残念、とつぶやいた梨胡の肩をぽんとたたいて、八重は笑った。
「そうでもないかもよ」
八重は前を指差して、梨胡はその先に目をやった。
ドレスのようなふわふわなスカートのワンピースを着た女性が、息を切らしながら立っていた。
スカートの裾は泥で汚れていて、頭はつるつるだった。
八重と梨胡は、顔を見合わせて笑った。
それから、声をそろえて謝った。
「ごめんなさいっ」
机の前に座り、八重はノートを開いた。
呼ぶとすぐにゼシャが出てきてくれた。
「まだ起きてるのか。めずらしく夜更しだな」
「うん、まあね」
パジャマ姿で頬杖をついた八重は、いつものようにゼシャを見上げていた。
ノートに書いてある自分の字を読み返して、ぼさぼさの髪をぽりぽりとかいた。
「ねえ、ゼシャは自分のこと、私の親友だと思う?」
「はあ?」
「親友っていうより、家族みたいな感じかな」
八重がふふっと笑ったのを見て、ゼシャは腕を組んで首をかしげた。
「その中間くらい、かなあ」
その答えを聞いて、八重は更に笑いを深くした。
「な、なんだよ、人が真剣に考えてるのに」
「うん、ごめん。ゼシャはやっぱりゼシャだなあって思って」
ゼシャはますますわけがわからず、眉をひそめた。
「自分の作品の登場人物と会話ができるなんて、作者にとってはすごく嬉しいことなんだよ。ゼシャのおかげで、私はそれができる。だから――ありがとう」
ぽかん、とした顔をしたゼシャに、八重はにっこり微笑みかけた。
ゼシャは何と返せばいいのかわからなくてあたふたし始める。
一生懸命話そうとするのを無視して、ノートをばたんと閉じる。
ゼシャの姿はかき消えて、八重は電気を消して布団にもぐりこんだ。
「おやすみなさい」