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天才ぴかりん・作

みち。


夜明け前。
のんびりとお茶を飲んでいたユリックのところに、一羽のからすがやってきた。
からすは黒煙をあげて、魔女に姿を変えた。
ユリックはカップを出して、紅茶を注いでさしだした。
「めずらしいですね、あなたがわざわざおいでになるとは」
のんびりとした口調で、ユリックがいった。
魔女はカップを受けとると、ひとくち飲んでからうなずいた。
「まあ、まずは昔話から聞いとくれ」
それからもうひとくち紅茶を口に含むと、がらがらの声で話し始めた。
ある春のこと。
魔女の住む森には、あたり一面にきいちごがなっていた。
そんなにたくさんのきいちごの実がなるのは数年に一度しかなく、魔女もそのきいちごでジャムを作るのを楽しみにしていた。
太陽が西にかたむいた頃、魔女はきいちごを摘みに出かけた。
しかし、魔女の家の庭にも、森に入ってしばらく歩いても、実のついたきいちごがない。
不審に思ってあたりを見回す。
まわりには、ただただ緑が広がっているだけで、きいちごの赤い色はこれっぽっちも見当たらなかった。
代わりに、大きなかごをしょった少年がいた。
その子のかごの中には、宝石のような真っ赤なきいちごがいっぱいに入っていた。
全てこいつが摘んでしまったのだと魔女は思い、みるみる顔が赤くなっていった。
髪が逆立ち、するどい眼で睨んでくる魔女におびえた少年は、足をもつれさせて転んでしまった。
魔女はしわがれた声で、低くささやいた。
「お前のおかげで、私の森のきいちごがなくなってしまったよ。この始末、どうつけてくれるんだい」
少年は謝ろうとして口を開けたが、ふるえて声が出ないようだった。
こぼれたきいちごを拾って、かごにそっと入れた。
そしてそのかごを持ち上げた。
魔女は指先を少年に向けていった。
「そのきいちごの分だけ、反省するがいいさ」
指からかみなりのような光が放たれ、一瞬にして少年の姿が消え去った。
きいちごの入ったかごだけが、ことりと地面に落ちた。

魔女の話を聞いていたユリックは、空になった魔女のカップに紅茶のおかわりを注いだ。
お茶うけのお菓子もすすめる。
「同じ時期に、友人がひとり行方不明になったんです。今度は僕の話を聞いてもらえますか」
魔女が首を縦に動かしたのを見て、ユリックはゆっくりと話し出した。

ある春のこと。
近くの森に、きいちごが異常なほどたくさん実ったという噂が町中に流れていた。
若者が数人で確かめに行くと、本当にきいちごがたくさんなっていた。
それを聞いた町の人たちは、みんなで森にきいちごを摘みに出かけた。
大人も子どももかごをいっぱいにして、摘めるだけ摘んだ。
その町中総出のきいちご狩りに参加しなかった少年がいた。
彼は町の人たちが帰ってきた後の森を見て、がく然とした。
あんなに赤くなっていた森が、一日にしていつもと変わらない緑一色になってしまっていたから。
少年は急いで町中を回り、できるだけたくさんのきいちごをもらった。
そして全部かごに入れて、森に返しに行った。
それっきり少年は町には戻ってこなかったし、森も緑色のままだった。

「これはただの偶然でしょうか」
ユリックはカップをテーブルに置きながら、魔女に向かっていった。
魔女は、見えているのかどうかわからない目をユリックに向けた。
「その友人とやらが、私の会った少年と同一人物だと、そういいたいのかい」
「僕はそこまではいっていません。でも友人はそのきいちごを、森に住む老婆にも分けてあげたいといっていましたよ」
ふぉっふぉっふぉ、と魔女が声をあげて笑った。
「老婆というのは私のことか。町の住民たちに忌み嫌われている私に、きいちごを分けたいと」
「彼はこころの優しい少年だったのです」
「ずいぶんと変わっておる」
まだ魔女はくっくっくと肩を揺らしていて、笑いをこらえきれていない。
ユリックは紅茶に映った自分の顔を見つめると、一気に飲みほした。
それから魔女に、今日の用件を尋ねた。

森に道があった。
木や草花や石がいりくんで、ツタや岩で壁ができて、交互に合わさった木々で屋根ができていた。
まるで洞窟のような道だった。
その道は、町の人々からおそれられていた。
息をしているとか、声が聞こえるとか、その手のうわさが後をたたなかった。
道は、たしかに生きていた。
何年間も、何十年も、何百年も、ずっとそこにいた。
どうして自分がここにいるのか、いつ生まれたのかもとっくに忘れてしまった。
最近では、ただ毎日、木々のざわめきを聴き、石と石のすき間に生えた新たな生命を眺めてすごしている。
ユリックは、そんな道の前に立っていた。
案内してくれたうさぎが、おじぎをして去っていった。
ゆったりとした動きで、ユリックは道に足をふみ入れた。
森は、木々が光をさえぎってしまうから昼間でも薄暗い。
けれど、道の内部は森の中よりもいっそう深く暗い。
ユリックはポケットからマッチ箱を出して、一本をすった。
ぽうっとまわりが照らされる。
マッチはあっという間に燃えつきる。
すぐにまた新しいのをする。
それを繰り返しているうちに、ユリックは苔の生えた壁がうっすらと明るくなっていることに気づいた。
前方に目をこらすと、道の出口が見えた。
にぎやかな黄色い光がさしこんできている。
町の街灯の光らしい。
この道はどうやら、森と町とをつなぐ役割をはたしているようだ。
ふっと横を向くと、左側に道が続いている。
ユリックの立っている場所は、二股の分かれ道になっていた。
いったんマッチをするのを止めて、どの道に進もうか悩む。
そしてゆっくり口を開いた。
「どう進んだらいいのでしょう」
暗く広がる後ろに向かい、問いかけた。
もちろん、きた道を戻るという選択肢もある。
冷たい空気が流れてきて、ユリックの髪をふわりとかすめた。
『光の方向に行ったらどうかな』
岩々にこだましながら、声が響いてきた。
地面がかすかに揺れる。
ユリックは嬉しそうに何度もうなずいた。
満面の笑みを浮かべて、再度、道をよく眺めた。
『おかしいと思わないのかい』
また声が響いた。
「なにがです?」
『普通は、道が喋るなんて思わないだろう』
ああ、とユリックは納得したような顔になる。
どこからか、白い胞子がふわふわ飛んできた。
「君は僕に、怖がったりおびえたりしてほしいのですか」
少しの沈黙の後、安心したような、穏やかな声が響いた。
『いいや』
「それなら僕は光の方向へ行きましょう」
ユリックはだれもいない道に向かって、ゆっくりとおじぎをした。
岩にはりついた胞子が、キラキラと輝きだした。
『どうしてだろう。君には昔、どこかで会ったような気がするよ』
「そうですね。記憶にありませんか」
『うーん』
道は、今までにここを訪れた人々を、順番に挙げていった。

はじめにきたのは、若い探偵だった。
彼は分かれ道に遭遇したとき、自分の推理でどの方向へ行くか決めてしまった。
あまりにも早い決断だったから、声をかける暇もなかった。
二番目にきたのは、よぼよぼのおじいさんだった。
長いひげやまゆを持ち、黒いマントを着て、杖をつきながらわかれ道までやってきた。
彼は耳が遠かったせいで声は届かず、道を選ぶ前にそこで寿命がつきた。
三番目にきたのは、おてんばなお嬢さんだった。
彼女は好奇心旺盛だったが、おじいさんが倒れているのを見て、走って引き返した。
四番目は、お嬢さんが呼んだ葬儀屋だった。
全身黒ずくめの服だったけれど、手袋は真っ白だった。
おじいさんをかつぐと、口元に小さく笑いを浮かべて去ってしまった。
それからしばらくは誰もこなかった。
放っておかれたまま、約200年の時が過ぎた。

五番目に訪れたのは、女装をした男性だった。
なにかに追われているのか、あたりをきょろきょろ見回しながらわかれ道まできた。
声をかけると、追っ手と間違えたのか、猛スピードで左の通路に逃げてしまった。
六番目は、すました女性だった。
声をかけると、お化けだとかなんとかいって、悲鳴をあげながら町の方向へ逃げていった。
七番目は、少女の二人組みだった。
手には心霊特集の本を持って、手足はカタカタふるえていた。
声をかけると、やっぱり出たと叫んで、きびすを返して一目散に逃げていった。
またしばらく人がこなくなった。
暇をもてあましたまま、約100年が過ぎ去った。

八番目に現れたのは、魔女だった。
ひとりで歩いてきた彼女に、なんだか見覚えがある気がした。
勝手になにか白い粉末を周囲にまくと、その場で突然ぱっと消えた。
九番目は、一羽のうさぎだった。
わかれ道まできて、いきなりあなたは強いと話し出した。
私はひとりでは生きられないというと、うさぎは穴を掘ってその中に消えた。
そして、最後は……。

『最後は、君だ』
道は優しい親しげな声でいった。
吹いてくる風が、少しだけあたたかくなったような気がした。
発光する胞子がどんどん増えて、道は真昼のような明るさに満ちていた。
だんだんと視界が真っ白になっていく。
強い光なのに、どこか優しい感じがしていた。
「それじゃ、行こうか」
ユリックが道の奥に向かって手をさしのべるのと、周囲に光が満ちるのは、同時だった。

森の中でユリックは目を覚ました。
やっぱり薄暗いままのまわりを見回して、ひとりの少年が倒れているところに歩み寄る。
彼の頭をそっとなでて、魔女の話を思い出す。
魔女は、今年でちょうど、きいちごの数と同じだけの月日がたったのだといった。
そして、魔法を解くには協力者が必要だということも。
道に入ったとき、道の声を聞いても受けいれられる柔軟さ。
光が満ちるまで待っていられる気の長さ。
光が満ちたとき、道のことも気づかえる優しさ。
それを全て満たしている人物がユリックなのだと魔女はいった。
道が喋ったとき、ユリックにはすぐにその正体がわかった。
遠い昔にいなくなった友人。
今は自分の腕の中にいる。
なんてなつかしいのだろう。
ユリックは、心の底から嬉しく思った。
少年が、ユリックの腕の中で身じろぎをした。
ゆっくりと目を開ける。
ユリックと目が合って、少年は小さな声で、ただいま、とつぶやいた。
それから自分の力で起き上がると、森を見渡した。
「ずいぶんと長い間、夢を見ていた気がするよ」
その言葉にユリックは、微笑んでうなずいた。
ユリックの目に、からすが飛んでいるのが映った。
からすは彼らのほうにまっすぐ降下して、黒煙を出して姿を変えた。
少年は、その姿におどろいた。
少し前、まだ道だったときの記憶にある。
魔女は少年に近づくと、突然ひざまずいた。
その行動に、少年はもちろんユリックもびっくりして目を見開いていた。
「すまなかったよ。お前はユリックの友人だったようだ」
偏屈な魔女にしてはめずらしく、本気で謝っていた。
反省するのは自分だと思い直したのだろう。
魔女は、お詫びになにか願いをきくといい出した。
少年は遠慮したが、ユリックは魔女が頑固なことを知っていたから、なんでもいいから願ったほうがいいとすすめた。
もごもご口を動かして悩んでいた少年は、急にひらめいた顔になった。
「僕が持っていったきいちごは、あの後どうなったんでしょうか」
「ああ、私が目をはなしたすきに、動物たちが持っていってしまったようだよ」
「それなら」
少年は笑顔になっていった。
「この森をきいちごでいっぱいにしてください。そのきいちごでぜひジャムを作ってください」
この願いを聞いて、魔女は耳を疑った。
そんなもうどうでもいいことを願われるとは。
もっとすごい欲望を叶えてやるといっても、少年は一度決めたことはとり消さなかった。
魔女は、急に深い後悔の念におそわれて、それから少年に向かって微笑んだ。
「ありがとう」と。

< 了 >

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