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天才ぴかりん・作

みち −ふぁーすと−

ひとりの人間が、マッチを片手に歩いていた。
右を向いても左を見ても、ごつごつした岩ばかりがある。
よく見ると、岩の隙間には流れ落ちる水滴が、下のほうには苔も生えている。
耳をすませば、小さく息をする音も聞こえた。
マッチが一本燃えつきて、人間はそれを捨て、ポケットから新しくマッチを出した。
箱の側面でこすると、火がついた。
それからしばらく、歩いてはマッチをつけ、消えては立ち止まり、を繰り返しているうちに、周りの岩は明るく照らされていった。
光に気づいた人間も、何十本目かのマッチを捨てて、顔を上げた。
眩しさに目を細めて、あたりを見回す。
暗く狭い、人がやっと通れそうな道がひとつ、光がもれる空間につながる穴がひとつ、今歩いてきたマッチの落ちている空洞がひとつ。
「三択問題かな」
人間がつぶやいて、光を一瞥、ため息をひとつ。
「どう進んだらいいでしょう」
暗く広がる後ろに向かい、問いかけた。
冷たい空気が流れてきて、ふわりと髪をかすめた。
――光の方向へ行ったらいかがかな。
岩々にこだましながら、声が響いてきた。
地面がかすかに揺れる。
「そう。その意見、僕も賛成」
人間はマッチ箱を取り出して、投げた。
岩にぶつかって、残りのマッチが散らばった。
――おかしいと思わないのかね。
また声が響いた。
「何がだい?」
――普通は道が喋るなんて思わないだろう。
「ああ、そういうこと」
どこからか、白い胞子がふわふわ飛んできた。
「じゃあ、君は僕に、怖がったり怯えたりしてほしいの」
少しの沈黙の後、安心したような、穏やかな声が響いた。
――いいや。
「それなら僕は、光の方向に行く。他の道を選ぶにしても、マッチがなくなってしまったから」
手をぶらぶらさせて、人間はいった。
岩にはりついた胞子が、キラキラと輝きだした。
――それは、自分で他の選択肢を絶ったのだろう。
苦笑するような、呆れるような、親しげな声だった。
「迷ってしまうときは、選択肢を減らせばいいと思っただけさ。僕は迷うのがきらいでね」
手を横に広げ、首を振っていう。
吹いてくる風が、少しだけあたたかくなったような気がした。
――あなたは不思議だ。いままでに出会った者たちとはまったく違っている。
「この世にまったく同じものなんて存在しないと思うけどね」
光の漏れる空間と、発光する胞子のせいで、洞窟内は真昼のような明るさに満ちていた。
だんだんと視界が光で真っ白になっていく。
強い光なのに、どこか優しい感じがしていた。
「それじゃ、一緒に行こうか」
人間が洞窟の奥にむかって手を差しのべるのと、周囲が光に満ちるのは、同時だった。

道が最後に会ったのは、不思議な人間だった。
自ら話しかけてきて、暗い道を照らすためのマッチを簡単に捨てた。
そしてその後、光の方向には行かず、その場にずっと立っていた。

大きな木の上に建てられた図書館は、今日、とても混雑していた。
「君はよくできるね。自分から選択肢を減らすなんて」
本棚の片隅にいるふたりが、本や紙切れを広げながら会話をしている。
もっとも、散らかしているのはひとりなのだけれど。
片方は茶色い髪を、もう片方は深緑色の髪をしていた。
本から目をそらさず、どうして、といった茶髪に、もうひとりがまた口を開く。
「だって、選択肢なんて、多いほうがいいじゃないか」
「手がお留守になってるよ」
はっとして鉛筆を紙に走らせる様子を見て、茶髪のほうが、読んでいた本にしおりをはさんでぱたんと閉じる。
誤字の指摘を何度かした後、机に頬杖をついて、必死で字を直す友達を見た。
「そういうけど、君だって気づかないうちに自分で選択肢をせばめているんだ」
深緑の髪のほうは、顔を上げて、頭の上に疑問符をたくさん浮かべている。
「たとえば、その宿題」
茶髪のほうが、歌うようにいった。
「毎日少しずつやるという選択肢を、遊びすぎることでつぶしているんでしょう」
違うかな、と首をかしげてみせて、にっこりと微笑む。
深緑の髪のほうが、目を丸くしてぽかんと口を開ける。
「それに、最後は結局、どれかひとつを選ぶことになるんだし」
このつぶやきは小さすぎて、深緑の髪のほうにはよく聞こえなかった。
茶色い髪をぱさぱさ振り、
「さ、はやく終わらせよう。この後に海岸まで行く予定なんだから」
そういって、ぶ厚い本にはさまった紙切れを引っぱり出した。

夜の海岸で、ふたりは静かな波を眺めていた。
「結局、夜までかかっちゃったな」
「そうだね」
深くて広い紺色の空には、星がばらまかれたように散乱している。
月は細くか弱く海を照らしていた。
「結局、ほとんどやってもらっちゃったな」
「そうだね」
砂をつかむと、ちくちくする。
水に触れると、べたべたする。
「お腹すいた」
「僕も」
「お弁当は?」
「ない」
はああ、と長めのため息が聞こえた。
あたりは薄暗く、髪の色はほとんど見分けられない。
砂浜にごろりと寝転がって、流れ着いたワカメを手に取る。
「ユリック、これをパンに変えてくれ」
「それはパン屋の仕事、つまり君の仕事だろう」
「道具がないからできない」
「能力がないからできない」
ふたりは同時にふきだした。
しばらく笑ってから、どちらからともなく家路についた。
ユリックは森に向かって。
そしてセクは、町に向かって歩いた。

< 了 >

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